環境問題(かんきょうもんだい)とは、人類がより良い生活を目指した結果、気候などの変化によって発生した問題の総称である。
昔から、人類は自然環境を資本として利用しながら文明を発展させてきた。このため原始的な狩猟採集生活に比較してはるかに高い生産力を実現し、文化的な生活を保つことができたのである。しかし、環境に過大な変化をもたらすことが逆に人類の生活を脅かす結果になる事態もみられる。
文明の環境への影響は紀元前からみられる。エジプトなどの古代文明は森林の過剰な伐採が原因で砂漠化を招き、生産力を保てなくなって衰亡したと言われている。しかし、環境問題が特に顕著となってきたのは産業革命以降である。石油や天然ガスなどの化石燃料を使用することで莫大なエネルギーを取り出すことが可能になり、また、石油化学工業によって多くの人工物質を合成・使用することができるようになったことは、人類の活動が環境に与える影響もより多くなったことを意味する。
私は今法学部の大学1年生です。中学のときから環境問題を扱う仕事に就きたくて、....
私は今法学部の大学1年生です。中学のときから環境問題を扱う仕事に就きたくて、環境省で働くという夢をもち高校・大学と進学してきました。しかし今、夢を諦め違う道を探そうかと迷っています。環境問題を日本全体でとらえ、政策を立案したりする環境行政の仕事がしたくて国家Ⅰ種の試験を受けようとずっと考えてきましたが、母が病気がちになってしまったので今住んでいる東京都を離れるのはとても心配です。しかし国家Ⅰ種は全国どこでお仕事をするかわかりません。やはり母のことが心配なので東京を出ないとこに決めました。そこで公務員という形ではなく、違う形で環境問題に関わるお仕事を探そうと思いましたがどのようなお仕事があるのか全く見当がつきません。なので他にどのような形でもよいので環境問題に携わっていけるお仕事がありましたら是非紹介してください。それ以前にずっと夢だった環境省で働きたいという夢を今ここで諦めていいのか、とても迷っています。もし国家Ⅰ種の試験を受けるかどうかを決めることで、これからの大学生活、人生が変わると思います。試験を受ける方向で行くなら、2年生から予備校に通おうと計画していたので大学生活は勉強が最優先になると思います。また違う方向を選べば、大学生活の受験勉強にあてる時間を他のことに費やすとこになります。やはり公務員になることも視野に入れて将来を考えたほうがよいのでしょうか?夢に対する気持ちは自分次第でしょうが、いろいろな角度から検討したいので是非ご意見を参考にさせてください。
環境問題について質問です。
環境問題について質問です。最近,企業や政府などが巨額の資金を使って地球環境問題に取り組んでいます。しかし,その一方で,従来問題になっていた飢餓や貧困,民族紛争,人権侵害が置き去りにされているのではないでしょうか。私は,世界中で数え切れないほど多くの人が死んでいっているのに,環境対策にお金をかけるのが本当にいいことなのかと思います。そんなお金があるのなら,いまにも死にそうになっている人のために使うべきなのではないでしょうか。「人の命は地球より重い」と誰かが言いました。この「地球」が文字通り,この地球を意味しているのではないでしょうが,やはり一人の命よりも大切なものは何も無いと思います。私の考えは間違っているでしょうか。
続、環境問題を巡って親と意見が対立しています。
続、環境問題を巡って親と意見が対立しています。まずは下記URLをご覧下さい。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1316958513諸々の事情により不適切な文面になってしまったため、改めて質問させて頂きます。さて、私は地球温暖化防止に貢献すべく、省エネに取り組んでおります。家族にも協力してもらいたいと思うのですが、なかなか思うように事は運びません。父は「自由に暮らしたい。」の一点張りでなかなか電力の浪費を改めようとせず、照明を点けっ放しにしたり、テレビを点けたまま寝たりといったことを繰り返しています(とは言え、冷蔵庫の開けっ放しは減りました。これだけでも大きな進歩ですが、もう少し自発的になってほしいものです。注意する方もいい気はしませんから)。「リサイクルするのに困るから、自分が空けた(ビールの)缶は自分ですすいでよ。」と言っても、「面倒臭い、パス。」と軽くあしらわれてしまいます(仕方ないので私がやっております)。リサイクルが必ずしも環境に優しいとは言えませんが、マナーとして求められていることですから無視しないでほしいのです。やらないと困る人(リサイクルセンターの人など)もいる訳ですから。そのくせ「人助けをしたい。」などと矛盾したことを言うのです。「本当に人助けをしたいと少しでも思っているなら、何でもいいからやって見せてよ。口だけじゃないってことを示してよ。」というのが私の本心です(ミャンマーの件で効果を問題にしない旨申し上げたのはこういう趣旨だったのですが、またしても説明が不十分でした。怪しいことは私も承知しております)。自由とは他人の権利を侵害しない限りにおいて認められるものです。したがって、非常識な行為、マナーに反する行為を続ける自由など誰も持ち得ないはずです。家族に対して、私と同じレベルのことを要求するつもりは毛頭ございません。ただ長年両親を反面教師としてきたため、どうしても寛容になれない面があるのは否定できない事実です。しかし、最低限の常識、マナーは守ってもらいたい。これだけは譲れません。そういう意味では、これは環境問題以前の問題かもしれません。性格やライフスタイルが容易に変化し得ないことは承知しておりますが、なるべく拒まれぬよう、やんわりと思いを伝える方法はありませんか。特に話し方についてアドバイスを頂けるとありがたいです。やはり気長に待った方がいいのでしょうか。ご意見をお聴かせ下さい。